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「琴と尺八」の原本を読みました [推薦図書]

以前、ネットサーフィンをしていて偶然見つけた「琴と尺八」の記事を読んで原本を読みたいと思っていました。

ネットで、オークションや中古本を探してもありませんでした。
法律で、すべての出版物は(有償・無償を問わず)必ず国会図書館に提出するよう義務付けられていますのでそこに期待したのですが国会図書館にもありませんでした。

唯一、都立中央図書館(広尾)だけに収蔵されていることを知りましたので、今年の7月7日(「和の音、和の声、和の心」の演奏会の日)に、ついでに立ち寄ったのですが休館日でした。

それで、11月11日(今回も「和の音、和の声、和の心」の演奏会の日)の開休を調べたら開いていることが分かりましたので、7月のときと同じスケジュールで都立中央図書館に行きました。

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《11月11日の和の音、和の声、和の心の会場(開演前)》

前回の時は気づかなかったのですが、図書館の建物の前の芝生広場に縦笛を吹く人の像がありました。

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遠目に見ても管が細いので尺八ではないと思ったのですが、やっぱり、歌口の構造からみてリコーダーのようなものでした。
でも、管の太さと長さの関係を見ると別物のような気がします。

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彫刻の鑑賞は早々に切り上げて図書館の中に入りました。初めての訪問です。

奥に進むと左側に受付があって首かけ式の入館証を渡されました。それを首にかけ、番号ロック式の傘たてに傘を入れ、奥のロッカー室で返却式のコインロッカーに荷物を預けてから図書室に進みました。

入ってすぐのところにはパソコンが何十台も並んでいます。
蔵書検索用のパソコンです。今まで見てきた図書館では多くても10台はなかったと思いますが、ここは規模が違います。閲覧席も1000席あるそうです。
試しに「まちづくり」のキーワードで検索してみたら蔵書は1000件以上あり、1000件までが新しい順に表示されました。

地元の県立図書館のサイトで同じ検索をしたら、たったの60件でした。東京に行けば地元よりもたくさんの知識情報を得られるわけですから、こういうところも改善しないと東京一極集中は避けられないような気がしました。

さて、本題の「琴と尺八」ですが、蔵書情報を印刷していたので、総合案内のカウンターでそれを提出して閉架図書閲覧の手配をしてもらいました。
番号札を受取って待っていると総合病院の会計のように壁のパネルに番号が表示されるので、今度はお渡しコーナーに行って、番号札と入館証のタグを渡して、かわりに本を受取ります。(タグは本を返したときに戻してもらえます。)

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あとは閲覧席に座って自由に閲覧できます。今回は館内に1時間半ほど居れる予定を組んでいましたので、1時間ほど読んで、残り30分をコピーの時間に当てることにしました。

新書を横に少し大きくしたぐらいのほぼB6版サイズの200ページ弱の本で、読みだしたら面白くて全部読んでしまいました。
そして、尺八や三曲の演奏の参考になりそうな部分をピックアップしてコピーしてもらいました。

コピー依頼用紙もパソコンからプリントアウトします。入館証のケースに刷り込まれているバーコードと本に貼られているバーコードをスキャンして印刷を指示するとプリンターから用紙が出てきます。
それにコピーして欲しいページを列記し、該当ページにしおりを挟んだら、今度は複写受付のカウンターに持っていって依頼します。「琴と尺八」は職員の人がコピーしないといけない本でしたからコピー代が25円×11枚で275円になりました。

「琴と尺八」の内容の大半は、宮城道雄と吉田晴風の対談です。宮城道雄の名前は知っている人が多いと思いますが、吉田晴風は宮城作曲の「春の海」の最初のレコードに参加した琴古流の尺八演奏家です。

エピソードとして面白かったのは二人の出会いです。吉田が夕涼みに出た時、素晴らしい箏の音が聞こえたので辿っていくと開けっ放しになった部屋の奥で盲青年が「みだれ」を弾いていました。(「みだれ」は八橋検校作曲です。)

吉田は「長谷(ながたに)検校に教えを受けたものです。合奏させてください。」と申し出ます。長谷検校に教えを受けたというのは、尺八でいうと山本邦山に教えを受けたとか、ピアノでいうと内田光子に教えを受けたというぐらいの意味で、要は自分は単なる下手の横好きではないですよと言っているわけです。
(reizanも有名な先生に習っていますが、それに相応しいレベルに達していないので、reizanの場合は、〇〇先生の教えを受けているものです、とは口が裂けても言えません。)

当時、宮城20歳、吉田23歳。合奏した曲は峰崎勾当作曲の「残月」です。この曲は峰崎の弟子の娘さんが幼くして亡くなったのを悼んで作られたと伝えられています。だからどちらかというと悲しい曲です。
吉田は宮城の演奏にうたれ途中で感極まったことを吐露しています。

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宮城も吉田のことを心底褒めています。

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吉田は尺八を止めようと思ったことがあったそうです。フルートのレコードを聴いたときのことです。
とてもかなわない。尺八が負けるならフルート吹きになってやろうと考えました。
そして人を通じてロサンゼルス在住のフルートの大家を訪ねました。

先生は吉田の尺八のレコードを全部持っていて、「尺八にはフルートもかなわぬよいところがある」と言います。
吉田が尺八はフルートにかなわぬもの思っていた旨を伝えると、先生は「尺八のいいところは、音色の良さは勿論、音から音へ移るのに非常に滑らかで情味がある(尺八は原則タンギングを使わないことと、次の音に移るときに単純にその音の運指をするのではなく、音移りと言って他の指孔のわずかな開閉を伴うあしらいが、そういう情味を作るのではないかとreizanは思います。)、そんなところがフルートにはできないのだと、吉田の卑下しているところ大いに褒め称えました。
これを聞いて、もう尺八は止めまい、と決心したそうです。

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楽器改良の話題では、オークラウロ(原本ではウが欠落している。)のことが出ています。
ホテルオークラの創業者として有名な大倉財閥の大倉喜七郎が財を尽くして作った、歌口が尺八、操作部はフルートのキーという楽器です。(演奏例はここ

吉田はそれを、その特長となると、フルートに及ばず、尺八に及ばずと、ばっさり切り捨てています。

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この話はまだ終わりませんが、長くなりましたので続きはまた明日ということでよろしく。


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